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ラテンアメリカに関する演劇情報

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コロンビア:Patricia Arizaがペトロ新左派政権の文化大臣に指名されました

「テアトロ・ラ・カンデラリア」は1960年末以来、集団創作の技法を発展させながら、自分たちの物語を語る新しいラ米演劇を創りあげてきた。Arizaは劇団の活動に大きな役割を果たしてきただけでなく、1990年頃からは女性演劇運動にも力を注ぎ、ウェールズに拠点を置く女性演劇世界ネットワーク〈マグダレーナ・プロジェクト〉のコロンビア代表になった。ラテンアメリカを結ぶ女性演劇のキーパーソンとして、女性が自由に自分の女性性を表現できるパフォーマンス劇の意義を確立したばかりでなく、貧困や差別から自分の人権さえ認識する機会を持てなかった女性たちに演劇を通じて社会的覚醒を促した。
ボゴタ市ではArizaが率いるコロンビア演劇協会CCT主催の「オータナティブ演劇祭」や「平和のための女性演劇祭」をコンスタントに開催している。その強靭な意志力に敬服するばかりである。


「コロンビアのテアトロ・ラ・カンデラリアはすごいぞ!日本に呼びたい!」と思う人たちが集まり、2005年に「テアトロ・ラ・カンデラリア招請実行委員会」を東京で立ち上げた。劇団メンバーは10人を超えるのですぐには呼べない。まず第一段階として2008年11月にGarcíaとArizaの両氏を招いた。「日本演出者協会」の企画だった。残念ながら劇団を招請するという夢は叶わなかったが、その時の経験をまとめた記事はこちら(クリックするとパソコンでは自動的にPDFがダウンロードされます)

2008年の実行委員会の試みについては本ホームページの「アートイベント記録」に詳細を残すべく準備中である。

各情報サイトはこちら。

 Teatro La Candelaria
 

 Corporación Colombiana de Teatro
 

 La dramaturga Patricia Ariza fue designada nueva ministra de Cultura

 

ボリビア:ラ・パス国際演劇FITAZフェスティバル2022が開催されました

ラインアップをいくつか紹介する。
ボリビア・スイスの集団〈Klara Theaterproduktionen〉による共同制作『パルマソラ』(Palmasola)はボリビア最大の刑務所パルマソラに取材して作られた異色の作品。40ヘクタールの敷地をもつ刑務所には6000人の囚人が暮らしているとウィキペディアには書かれている。〈リハビリテーションセンター〉と銘打たれているので監房はなく、囚人たちはこの“街”でどうにか自力で寝床を探し、暮らしを成り立たせている。この“街”にスイス・ボリビアの混成チームが取材に入り、囚人や刑務官らの話を聴いて、囚人たちの生存戦略や無法地帯を支配する新たな”法”のかたちを見つけ出そうとした作品であると紹介されている。

デンマークの〈オディン・シアター〉Odin TeatretからはEugenio BarbaとJulia Varleyが参加した。南米の新しい演劇はOdin Teatretの身体論や演劇観から多くを学んできた。Barbaは数年前に自らの活動を縮小すると宣言したが、コロナ下にあっても頻繁にラ米の演劇イベントに登場している。ラ・パスにはJuliaの代表作『アベ・マリア』(Ave María)を持ってきた。高下駄を履いて女性のエレガントな衣裳を身にまとった骸骨顔のMr Peanutが日常の所作をおこないながら、生と死のポエジーを紡ぎだす作品である。私は2010年に観る機会を得たが、50分のあいだ、もったいなくてまばたきさえできなかった記憶がある。

ファミリー向けの作品も上演された。サンタクルス市の劇団〈カブラ・テアトロ 〉Cabra Teatroは『バレンティナの旅』(El viaje de Valentina)で、2019年にチキトス熱帯サバンナで起きた火事をテーマに生態系保護や環境保全の必要性を楽しみながら子どもに学んでもらう作品を上演した。

チリから参加した劇団〈空想する少女 Niña inaginaria〉は日本をモチーフにした『おじいさんの本』(El libro de Ojiisan)を上演した。「おじいさんの本」と題される本を見つけた子供たちは、そこに書かれているお話でごっこ遊びをする。そのなかで、友情の大切さなどいろいろ学ぶという内容。映像のリンクを貼っておくので時間があればご覧あれ。タイトルのOjiisanはどういう意味だろうと思いながら映像を見始めたがすぐにOjiisanは日本語なのだと分かる。遠いチリで作られた舞台に折り鶴が舞っている。
 

メキシコ:『ママのお遊び』が上演されました

『ママのお遊び』El juego de mamá (Luis Alcocer Guerrero作・演出)


 5月というと、母の日を祝う穏やかな舞台情報が散見される中で、ドキッとさせられる舞台写真が目に入った。いくつもの紐がぶら下がった赤いオブジェが舞台中央上部にある。明らかに血の流れを連想させる。白い仮面、白装束でポーズを取る俳優たち。劇評には、「家族のあいだの人間関係に潜む残忍性や暴力を考えさせる作品」「ブラック・ユーモアの美学とサイコトロニクス映画の手法を用いた不気味な現代劇」と書かれている。

 母の日にマリオは将来の義母に挨拶すべく恋人の家を訪ねるが次第に、3人の娘たちに虐待を受けている老婆の現実が見えてくる。現代社会の退廃を描く作品だとFortuna誌は評している。「血と恐怖と狂気のオルギア」。バリ舞踊のアーティストも加わり、仮面や人形芝居の要素が独特の世界をつくりあげている。2013年から活動しているProyecto Granguiñol Psicotrónico制作。作者のAlcocer Guerreoはグランギニョールの手法を用いた作品を発表してきた若い劇作家である。

メキシコ:『筆もしくは剣』が上演されました

『筆もしくは剣』La pluma o la espada


 〈あたしたちは記憶そのもの Nosotras somos memoria〉と題されるシリーズ公演の中の1作。Hadadを中心とする女性アーティストたちが3か月にわたり、音楽、ダンス、カバレット、パフォーマンスなどの異種アートを通じて、女性性にフォーカスした作品群を上演したシリーズである。
 Hadadの『筆もしくは剣』で描かれるのは、17世紀のふたりの女性、メキシコバロック演劇の作家である修道女ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルスと、男たちとともに戦場に赴く人生を送った男装の尼僧アルフェレスである。女性に社会的活動の場が与えられていなかった時代を、「筆」と「剣」で自由に生き抜いた二人の姿が鮮やかな「記憶」として蘇るようすが劇評から見て取れる。

 Hadadは14着の装飾的な衣装を作品に登場させているが、この衣裳を用いたパフォーマンスはニューヨークのメトロポリタン美術館で披露済みである。Capital 21 Noticiasのインタビュー番組では、「女性には、誰かの奥さんになるか、尼僧になるか、殉教者になるかの3択しかなかった時代に、このふたりは見事なまでに自分らしい生き方をしたのよ。このふたりの話をバロック作品に仕上げたの。現代はバロックそのもの、見た目(apariencia)が科学(ciencia)に勝る時代。政治権力や軍事力が理性を凌駕する時代。ウクライナだってそうでしょ」と語っている。

ペルー:演劇祭「フェリア・アヤクチョ2021」が開催されました

 FACEBOOKに掲載された三浦一壮さんの舞踏の映像リンクを載せます。

 この作品についてご本人に伺ったところ、次の説明をいただきました。「タイトルはChimgurisa ちむぐりさ 沖縄の方言です。困難な状況にいる人々に寄り添うといった意味合いです。私の舞踏は現在、全てこの内面的テーマで踊ってます。“寄り添い” “死者への祈り” “懺悔” この三つを基本的テーマとしてます」

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ママのお遊び
筆もしくは剣
フェリア・アヤクチョ2021
Patricia Ariza
ラ・パス
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