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Rosa Cuchillo 〜ナイフのロサ〜 作品解説

2017年11月19日(日)に上智大学でRosa Cuchillo上演後に実施されたポストトーク、2017年11月21日(火)に開催された講演会「解体~ナイフのロサ~」でアナ・コレーア氏がおこなった作品解説についての発言の概要です。       

ロサ・クチージョの背景

軍のブーツ

ペルー内戦

ペルーでは1980年~2000年にかけて毛沢東主義を掲げる極左反政府組織、センデロ・ルミノソ(以下センデロ)のテロ活動と、それを鎮静化しようとした警察特殊部隊や軍との衝突で内戦状態に陥り、特に90年代初頭まで激しい暴力の時代となった。犠牲となった市民は約7万人、そのうち約75%が先住民であった。この犠牲者の中には未だ遺体が見つからない15,000人以上の行方不明者も含まれる。先住民は、センデロからは彼らへの服従を拒否したことで命を奪われ、当局からはセンデロの一味とみなされて拷問・殺害された。このような状況の中で先住民の間にも疑心暗鬼が広がり、自分たちの村の外部の人間を殺害するという暴力の連鎖が続いた。犠牲者のうち54%はセンデロ、37%は政府が関与したものとされている。(数字は内戦後に設置された「ペルー真実和解委員会」の調査による。)

​ ⇒以上パンフレットより抜粋。詳細はこちら

 

このような政府による人権侵害に対して裁判を行なわれているが、ほとんど進められておらず、犠牲者への補償が遅れている。センデロ・ルミノソも政府軍もフジモリも謝罪を行なっていない。彼らが暴力を認めない限り和平が実現しているとは言い難い。

ロサ・クチージョの構成要素

Mama Angelica

ロサのモデルとなった女性~ママ・アンヘリカ 

「ロサ・クチージョ」にとって大切な要素となっているのはママ・アンヘリカの存在である。彼女の息子アルキメデスは彼女の目の前で軍に連れ去られた。ママ・アンヘリカは「500ソルあれば解放される」というアルキメデスの手紙を受け取ったが、半額しか用意できず軍の拘置所で追い返され、以来25年アルキメデスを探し求める活動をしてきた。軍はその手紙をアンヘリカによる偽造だとしていたが2年前に筆跡鑑定が行われ、本人のものであると証明された。

1983年アヤクーチョの農村で多くの人が殺害された年にANFASEP(誘拐・逮捕・行方不明者の家族の会)が結成され、「ママ・アンヘリカ(アンヘリカお母さん)」と呼ばれるアンヘリカ・メンドーサさんが行方不明の子を探し求める母親たちの象徴的な存在となった。


2017年8月、アルキメデスを含む若者たちが拘留されていた拘置所の責任者であった元軍人に対する裁判が行われ、様々な証拠から53人の若者を殺害したことが立証された。若者たちは殺害された後、遺体を焼かれたのであった。その年の11月にママ・アンヘリカは亡くなった。

パフォーマンスで演じる「ロサ・クチージョ」は、オスカル・コルチャードの小説に登場する架空の人物と、現実世界のママ・アンヘリカが溶け合って出来上がった人物である。

ペルーの市場

市場という舞台

「ロサ・クチージョ」にとって重要な要素となっているのは市場。私の母方の祖母ロサはアンデスのアンカシュ出身で、リマに移住した後は市場で野菜を売っていた。「ロサ・クチージョ」を創り上げる中で、演出のミゲル・ルビオに市場の女性を演じたいと強く申し出た。

 

この作品はたった20分上演するために膨大な調査を経て作られた作品。内戦の時代に最も暴力の激しかった6つの県の市場に足を運んでフィールド調査を行なった。市場では各々の小さな売場が一つの完全な世界となっていることに驚いた。ペルーでは誰もがカセーラと呼ばれる、市場での行きつけのお店があり、買い手と売り手の間に親密な関係が築かれる。それ故、「ロサ・クチージョ」は市場で演じることにし、舞台の大きさは市場の売り場と同じ1.5m×1.5mにした。

「ロサ・クチージョ」を市場で上演するということは、いつも新しい観客に見られるということなので、彼らの中に自然に溶け込むことが重要だ。

ロサは、“あの世”で息子と再会する。そして現世の市場に再び戻ってくる。市場というのは、色々な人が集まる場である。ペルーでは裕福な者も貧しい者も市場(mercado)へやってくる。都市部にはスーパーマーケット(super mercado)があるので、昔ながらの市場はなくアイデンティティや文化が失われているが、昔ながらの市場では買う人の目を見て話しかけ手を触れ、人間的な関係性がある。それ故この作品を市場で上演することが重要なのである。

El k'into

アンデスの宇宙観

 

アンデスでは「下の世界」「現世」「上の世界」という3つの世界から成り立っている。

 

【下の世界(ウフ・パチャ)】

 命を産む世界、過去の世界。大地を踏みしめる舞踊(先祖から力を得る)。ヘビが象徴動物。

 

【上の世界(ハナ・パチャ)】

 神々の世界。鳥が象徴の舞踊(土地を愛でる)。コンドル、6種類の鳥が象徴動物。

 

【現世(カイ・パチャ)】

 ピューマが象徴動物。

Rosa Cuchillo
Rosa Cuchillo

小道具の意味


【スツール】

3つの脚はアンデスの3つの世界を表しピューマの脚を象っている。3世界を繋ぐものとしてヘビ(「下の世界」の象徴動物)が3つの脚を繋ぎ合わせている貫を象っている。座面の表面には鳥、裏には南十字星が彫り込まれている(それぞれ「上の世界」での重要な象徴)。

【杖】

下の世界のヘビを象っている。杖には「先祖の知恵を借りる」という意味が込められている。

 

 

 

 


 

【ナイフ】

カジキの吻(ふん=前方へ突出している口の部分)でできており、「下の世界」からもたらされるものである。「下の世界」の神は地震の神であり、海底に住んでいる。そのため「下の世界」からやってきたロサが手にするナイフは海に関連するもので、金属であってはいけない。ナイフはロサの象徴で、自身を守るために持ち歩いているものである。パフォーマンスの最後ではナイフを振り回す動作をするが、自分の行く手を阻む縄をナイフで切っているのである。これは彼女自身が悲しみや苦しみから解放されたことをシンボリックに表している。

作品タイトルの「ロサ・クチージョ〜ナイフのロサ」はこれに由来する(クチージョはスペイン語でナイフの意味)。

​【ケロ(壺)】

薔薇の花びらを入れていたケロ(壺)は、先インカ文化の儀式で用いられていたものと同じ形。壺の胴体の中心がすぼまっている形状は、3つの世界を表しており、上部の大きく開かれているのは「上の世界」へ開かれていることを示している。

Rosa Cuchillo
Rosa Cuchillo
Rosa Cuchillo
杖2.png
Rosa Cucchilo
Ana Correa, Rosa Cuchillo

薔薇の花びらを撒く

作品の最後にケロ(壺)の中の水に浸したバラの花びらを人々に向かって撒く。薔薇はスペイン語ではロサと言い、主人公の女性の名前と同じ花の名前である。

 

アンデスの先住民文化では、薔薇は「人のエネルギーを清める」という意味がある。大昔から花そのものや、香りをつけた水にひたした花びらを撒き、清めの歌が歌われてきた。また、薔薇の花びらを撒くのは、「記憶の花を咲かせよう・記憶をよみがえらせよう」という意味も込められている。アンデスの宇宙観では、過去は自分の前にあり未来は自分の後ろにあるとしている。「未来は見えないが、過去はきちんと見つめないといけない」という意味である。

Ana Correa, Rosa Cuchillo

白い衣装


ロサの衣装の形状は先住民女性が身に着けているものであり、人はこの衣装を見ただけで「アンデスの先住民女性」であると認識する。本来は色彩豊かで美しいものであるが、ロサが死者であることを表すために骨と同じ色の白い衣装を身に着けることにした。また、内戦が最も激しかったアンデス地方のアヤクーチョ県は白い火山岩の産地である。その白い火山岩が多く産出される地域(カンガージョ)で多くの先住民が亡くなったこともあり、白装束を身に着けることにした。

ロサは幽霊ではあるが、魂はまだ生きている。アンデスの宇宙観では、人は亡くなっても魂は生き続けて大事な人びとを守るとされている。そしてその魂は死を嘆かない。

私にとってのロサ・クチージョ

Ana Correa, Rosa Cuchillo

傷ついた心を表しながら身体的な美しさも追及した作品

 

私は歌舞伎や大野一雄(舞踏家)から戦後の人間の内側からの感性、人間の動きの美しさ・無駄を省いた動きについて学んだ。私たちユヤチカニもそのようなものを大事にしながら作品を創ってきた。特に大野一雄との共通点として挙げたいのは、第二次世界大戦を経て傷ついた心や恐怖をどのように身体で表現するのかという点である。ユヤチカニがペルー内戦をテーマとして「ロサ・クチージョ」を創ったとき、恐怖をそのまま表現しては市場で上演する際に人々に受け入れられないと考え、身体的な美しさも追求した。


この作品をアンデスの農村部で演じることは、人々にとっても、アンデスにルーツのある私にとっても非常に大きな意味を持つ。しかしこの作品はアンデス文化に生きる者だけでなく、誰にとっても普遍的なものでなければならない。この作品は理性的な側面と感情的な側面の両面から息子を失った母親を理解することができる。この作品は最終的には希望を訴えるものだと考えている。

私にとって演じることとは

Ana Correa, Rosa Cuchillo

人の心の傷を癒す力

今の時代、演劇・音楽・芸術はとても重要な役割を持っていると考える。これらは人々の傷をシンボリックな方法で癒す力を持っているからだ。物事をシンボリックに示していくが故に、人の潜在意識や感性に訴えかける。そしてアートは人と人との出会いの場となる。これがアートの強みである。

Ana Correa, Rosa Cuchillo

使命

私たちは演劇のグループである。現在のペルーでは演劇はシンボリックに「修復」する存在となっており、私たちは人と人との絆を再構築するために活動している。なぜなら国家(政府)は何もしないし、傷ついた人々を無視をする。私は、アートは貧困や暴力に対する大きな力を持ちうると考えている。私にできる最良のことはアートの作品を創り上げることである。ロサ・クチージョは調査に長い時間をかけ、真剣な気持ち、社会に対する責任感をもって作ったものである。これは私なりの政治的な活動であり、プロフェッショナリズムであり、ペルーの人々に対する使命でもある。

私が上演しているのは小さい作品で、4人か5人の少ない人数でも見てくれれば十分である。見てくれた人に種が蒔かれるからだ。若い時分は革命を起こすことを使命としていて、演劇には政治的なメッセージを含んでいないといけないと考えていた。しかし年を経て、私のやるべきことは「アートをやることである」という確信に変わった。「ロサ・クチージョ」は癒し・浄化の作品だと思う。この作品によってまず清められるのは、私自身である。そしてママ・アンヘリカのような女性たちと癒しを共有することができる。ママ・アンヘリカは存命中に息子の行方を知ることができず、癒しとは無縁であったはずである。

観客からのコメント

社会的な困難さを神話的なレベルまで昇華された作品。内戦で息子を失った女性の悲しみが抽象的に表されることで観る者にとって大事な人を失う悲しみに共感を呼ぶものであると感じる。ユヤチカニを初めて知り、良い学びの機会となった。

Ana Correa, Rosa Cuchillo

”Alma Viva”の映像の中で人々の公聴会での証言はニュースよりも訴えかける力を持つということ、そして演劇が象徴的な力を持つことを理解した。ニュース、そして演劇というアートの力と共に政治が変わらないといけない。

素晴らしいパフォーマンスに感動した。私は1980年代にユージニオ・バルバが企画したアヤクーチョ県で行われた演劇祭に参加したが、2日間警察に囲まれて動けなかった。その当時は、そこで何が起きていたのかを知らなかったが、今日の講演でアヤクーチョという場所が内戦の象徴的な地であることを知った。
当時もう一つ印象深かったのは、日曜日のミサに参列した際に多くの人が涙を流していたこと。人々の苦悩の深さを公演や映像を見て、そして講演を聞いて改めて感じた。

アナ・コレーア 略歴

 

ペルー共和国・リマ市生まれ。俳優、パフォーマンス・アーティスト、演出家、教皇庁立ペルー・カトリック大学教員。
1978年よりユヤチカニの活動に参加。国内外で女性による演劇に焦点をあてたワークショップを積極的に開催し、従来の型に囚われない演劇の形を提唱している。その他ペルー国内の少数民族の各言語による子ども向けの演劇プロジェクトや、病院でのボランティア演劇プロジェクトを展開中。2012年ペルー文化省より文化功労賞を授与された。

https://www.yuyachkani.org/

Photo Credits

​軍隊:フリー素材より使用

ママ・アンヘリカ:アナ・コレーア講演会資料より

​市場の様子:アナ・コレーア講演会資料より

コカの葉:アナ・コレーア講演会資料より

小道具:Matias  Angulo Canales

ロサ:Fidel Melquiades, Pablo Delano

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